遺言
遺言書を作成する場合の注意点
1 すべての財産について遺言を作成する
財産のうち一部についてのみ遺言を作成するのは、基本的には問題があります。
例えば、不動産と預貯金6000万円がある場合に、「不動産A(価値3000万円)をXさんに、不動産B(価値5000万円)をYさんに相続させる」と記載しただけでは、遺された預貯金6000万円をどのように分けるかでもめる可能性があるからです。
判例では、上記のようなケースでは、全体の法定相続分を変えない趣旨である前提で、預貯金はXさんが多く受け取るというのが遺言者の意思であると解釈することが多いですが、他の証拠からそれとは反対の事実が出てきた場合などに熾烈な争いになってしまいます。
遺言書を作成する際には、必ずすべての財産についての遺言書を作成しましょう。
遺言書作成時点には存在しない財産に備えて「上記以外の遺産についてはXに相続させる」等、包括的な記載にしておくのも一つの方法です。
2 遺産に大きな変動が生じる可能性も考えて作成する
たまにあるトラブルが、「Xさんに不動産A(価値5000万円)、Yさんに不動産B(価値5000万円)、預貯金1億円はXさんとYさんに半分ずつ」という遺言書を遺したものの、後日不動産Aを売却したというケースです。
売却後に相続が発生してしまうと、Aの部分だけが無効になりますので、Yさんが不動産Bを取得したうえで、預貯金は半分ずつになってしまい、Xさんにとっても遺言者にとっても想定していない事態となってしまうケースがあります。
遺産に変動が生じた場合には、遺言の作り直しが必要です。
3 予備的な遺言書
予備的な遺言書を作成することも検討すべきです。
例えば、「甥にすべての財産を譲る」という遺言書を遺しておいたものの、自分より先に甥が亡くなってしまっていれば、遺言書はその部分について無効になってしまいます。
遺言書を書き直せば良いのですが、甥が亡くなった際、既に遺言者が認知症になってしまっていたら、遺言書を作り直すこともできません。
このような事態に備えて、予備的な遺言書を検討すべきといえます。
記載内容としては、例えば、「すべての財産を甥に相続させる」という条項の後に、「甥が遺言者より先に又は同時に亡くなっていた場合には、すべての財産を甥の嫁に相続させる」等の記載です。
自分で遺言を作成する場合のメリットとデメリット
1 自分で遺言を作成する方法
遺言については、自筆証書遺言や公正証書遺言など、いくつかの作成方法が定められています。
このうち、自筆証書遺言については、ご自身が日付、氏名を自書し、原則として内容部分の全文を自書すれば作成することができます。
このため、自筆証書遺言は、いつでも、どこでも、ご自身で作成することができます。
専門家から一切の助言や関与を受けることなく作成することも可能です。
このように、専門家の助言や関与なく、自分で遺言を作成することについては、一定のメリットとデメリットがあります。
ここでは、自分で遺言を作成した場合のメリットとデメリットを説明したいと思います。
2 費用がかからない(メリット)
自分で遺言を作成した場合には、一切の費用をかけずに作成することができます。
たとえば、公正証書遺言を作成すると、公証人に公正証書という正式な文書を作成してもらう必要がありますので、公証人に手数料を支払う必要があります。
また、自筆証書遺言であっても、専門家の助言を受けたり、専門家に案文を作成してもらったりする場合には、専門家に相談料や報酬を支払う必要があります。
これに対して、専門家の助言や関与なく自筆証書遺言を作成すれば、ご自身で、一切の費用をかけずに作成することができます。
3 いつでも作成、変更することができる(メリット)
自筆証書遺言は、紙とペンさえあれば作成することができます。
専門家の助言や関与を求めないのであれば、専門家に問い合わせをしたり、日程調整をしたりする必要もありませんので、いつでも作成することができます。
また、遺言を変更したい場合も、いつでも変更分の遺言を作成することができます。
4 形式的な誤りが生じるおそれがある(デメリット)
遺言については、法律は、形式面でのルールをいくつか設けています。
遺言に形式面での誤りが生じると、大変な事態が生じます。
法律は、このような形式面でのルールを守っていない遺言については、無効と扱うものとしています。
加えて、遺言は、被相続人が亡くなった後に力を発揮するため、万一、この段階で遺言が無効であることが発覚した場合には、遺言を作り直すことは不可能になります。
遺言が無効になってしまうと、ほとんどの場合、法定相続分での遺産分割を余儀なくされることとなります。
このように、遺言に形式面での不備があった場合には、文字通り、取り返しのつかない事態が生じてしまいます。
自分で遺言を作成すると、こうした形式面でのルールを満たしていないものになるおそれがあり、遺言が無効になるおそれもあります。
こうした事態を防ぐためには、専門家によるチェックがあった方が望ましいと言えます。
5 内容面で不利益が生じるおそれがある(デメリット)
遺言の書き方によっては、法律的に有利になったり、税負担の観点から有利になったりすることがあります。
自分で遺言を作成すると、知らず知らずのうちに、内容面で不利な遺言になってしまうことがあります。
たとえば、同じ不動産でも、年間一定時間以上の農業従事者であれば、土地上に建物を建てることができ、宅地利用することができる場合があります。
一方そうでなければ宅地利用ができず、土地をまったく活用できないといった事態が起きることがあります。
こうした事態を避けるためにも、公法規制、税制に詳しい専門家の助言を得た方が望ましいでしょう。
遺言執行者の選び方
1 遺言執行者の資格要件
民法上では、未成年者と破産者も遺言執行者になることはできないとされています(民法1009条)。
遺言執行者は、遺言者の財産を管理する権利・義務を有しますので、遺言執行者となる人には、完全な行為能力(単独で確定的に有効な法律行為をする能力をいいます)が求められていますが、それ以外には特に明文上の制限はありません。
遺言執行者には、法人もなることができますし、相続人や受遺者がなることもできます。
2 遺言による指定
遺言者が遺言執行者を指定する場合には、必ず遺言によらなければなりません。
遺言で遺言執行者を定める場合、遺言者が直接遺言執行者を指定することは勿論、遺言執行者の指定を第三者に委託するという定め方もできます(民法1006条1項・2項)。
3 家庭裁判所による選任
遺言書に遺言執行者が定められていない場合や、遺言執行者が定められていたものの遺言執行者が死亡した場合等には、利害関係人が請求することにより、相続開始時の家庭裁判所が遺言執行者を定めることとなります。
遺言執行者の選任の申立があった場合、家庭裁判所は、候補者について、欠格事由の有無、適格性、就職の意向などを審理することとなります。
家庭裁判所が選任の審判をするには、候補者の意見を聴かなければならないとされており、実務上は家庭裁判所から照会書が遺言執行者の候補者と申立人に対して送られる運用が採られています。
家庭裁判所による候補者の適否についての検討が完了すると、遺言執行者選任審判がなされます。
遺言執行者選任の申立てを認容する審判の場合には、申立人および遺言執行者に対して審判書の謄本が送付されます。
一方で、申立てを却下する審判の場合には、申立人に対する送達の方法により告知されることになります。
この申立てを却下した審判に対しては、申立人その他の利害関係人から即時抗告の申立てをすることができます。